懐かしの計画書・・・私事の話 [日記]
今日も、整理中に出て来た物です...
病気になる前は、夏休みに孫達を連れて色んな所に旅行していました。
毎年、短期間のキャンプ等はやっていましたが、計画書を書いて長期の旅行やキャンプは
初めての事でした・・・
その時の計画メモが一部ですが、出て来ました...ボスが観光する場所、交通手段、
泊まる場所、移動時間、予算...等を調べて一覧表にしていました。
此の時は8月5日から8月13日まで旅行・・・14日から妹の家(海の家)で2泊、宿泊して
16〜7日頃?に桑名の家に帰った計画書です・・・計11泊12日の旅行。
ホテルに泊まったり、キャンプをしたりでしたが、記憶に残っているのが四万十川のキャンプ場が
前日の台風でトイレも無くなり被害が出ていた事でしたネ。
しかし、当日はお天気も良くなり綺麗な四万十川で水遊びをした事が思い出に残っています。
広島原爆記念館では、孫達の印象に強く残ったのか? 怖い、怖いとしがみついた事や
絵日記に火事で人間が燃えている所を書いていました。
鳥取砂丘では足の裏が熱くてRくんが歩けなくなり、おんぶして半泣き状態で皆で滑り降りた
事が記憶に鮮明です(^^;・・・孫達は二度と砂丘には来たく無いと言っていましたネ。
1枚目
名古屋港から(7月22日)太平洋フェリーで苫小牧〜稚内(30日)までの計画書
知床では観光船に乗り海から見た景色の素晴らしかった事も印象に残っています。
知床で美味しいお寿司を食べた孫が「ボク、お寿司屋さんになりたい...」と言ったので、店主が
喜んで下さいました
サロマ湖、クッチャロ湖の湿原にも行きました・・・
日本の最北端、宗谷岬での記念カードを作った事も良い記念となりました。
稚内からフェリーで利尻島に渡り島内を散策しました・・・翌日は大型台風でホテルから一歩も
外に出れなかった事もありました・・・
孫にも大人用の料理を注文した為、カニの種類が多すぎて食べ切れずに、丸ごと何個も残した
事が今も勿体なかったなぁ...と記憶に残っています。
2枚目
稚内(30日)から旭川〜美瑛〜富良野〜函館〜青森(8月5、6、7日)迄の計画書です
3枚目の用紙が見つかりませんでしたが、青森から山形県でキャンプや宿泊してボスの実家の
宇都宮で2泊して・・・桑名の家に帰ったのが8月11日です。 計19泊20日の旅行。
サロベツ湖、旭山動物園にも行きました・・・シロクマのダイビングがダイナミックで皆んなが
釘付け状態でみいっていましたネ。
富良野のキャンプは少し離れた場所(かなやま湖)を選びましたが、お祭りの花火大会があって
楽しめました。
富良野を後にして登別では熊牧場に行きました・・・熊が両手を合わせて餌をねだる姿が、
凄く可愛かったです...熊の芸も見ました(^^;
凄い高級なレストランで夕食を食べてから函館山に登りました...夜景が綺麗だったですね。.
フェリーで青森県に渡って行った恐山の賽の河原・・・まさしく真っ白な石ころばかりの恐ろ
しい風景にドキドキした事を覚えています。
青森のキャンプ場は広くて設備が整っていて、セキュリティも完璧でした...凄く良かったです。
・・・3泊して正解でしたネ。
東北の有名なお祭りと言われる、ねぶた祭り、花笠祭り等、どれもいい場所が取れてお弁当を
食べながらゆっくり見物出来ました・・・孫達も踊りの輪に入って楽しんでいました。
昼間はキャンプ場で遊び、夜はお祭りを見に行くという、ゆったりとしたキャンプ生活でした・・・
最終的には宇都宮のボスの実家に寄り、兄妹達も集まってくれて楽しい時間を送り、帰りには
姪っ子とその子供2人と一緒に桑名まで帰って来ました。
1枚目
桑名(7月31日)から高速道路にて佐渡〜、秋田〜、青森。フェリーで函館〜礼文島〜常呂町(8月14日)
までの計画書です。
最初のキャンプ地、佐渡では地元の中学生と一緒にキャンプファイヤーに参加して、先生から
一言、挨拶を・・・と言われ私が今回の旅行の目的や日程を話して拍手を貰った事が良い思い出
です。
秋田では男鹿半島の水族館のアザラシが孫の持つ携帯電話に反応して、水槽の前を走るとアザラシ
も一緒に付いて泳ぐので、楽しくて時間を忘れて遊んでいました。
なまはげ会館ではなまはげの衣装を着けて記念写真を撮ったのですが、1年生のRくんが怖い、
怖いと言い中々、衣装が着けれなかったのですよ(^^;
竿燈祭りは眩いばかりの沢山の提灯を付けた竿燈を、腰でリズムを取りながら街中を煉り歩く姿は
勇壮でした・・・
今回も青森では同じキャンプ場に2泊して、プールや色んな遊びが出来たので、孫達は大満足で
した。
夜は五所川原のたちねぶたを見に行きました。
青森からフェリーで函館に渡り、札幌でネットで調べていた札幌ラーメンのお店に行き美味しい
ラーメンを食べて満足しました。
富良野では孫と同じ学年の男の子2人を連れた家族とお友達になり楽しい3日間を過ごしました・・・
稚内では2階建で家具、寝具、炊事道具、お風呂付きで凄く割安の素晴らしいコテージに1泊
しました。
礼文島にはフェリーで渡り、ここでも東京から1才の女児を連れた家族と友達になり、孫達は
女の子の世話をして遊びました...先だっての震災の時には2人目の子供さんがいて、スーパー
から、お水が無くなると言う事態になった時、2ケース程ペットボトルを送りました。
2枚目
常呂町(8月15日)から知床〜苫小牧〜フェリーで敦賀〜桑名(8月23日)の計画書です
網走では刑務所の受刑者が食べていた御飯を頂きました・・・質素でしたが普通に美味しかった
です。
流氷体験では防寒具を着て、マイナス何十度の体験をしました・・・濡れたタオルがカチカチに
なるのを孫達はチャンバラごっこの様にして遊んでいましたネ。
知床でのキャンプ中に1日大型台風に出会い、朝起きた時にはテントの周りが池状態になって
靴がプカプカ浮いていました・・・
しかしテントの中は水漏れも無く大丈夫でした・・・次の日は晴天でテントもスッカリ乾き
何の問題もありませんでした。
今回も観光船に乗船したり、知床五湖(2ケ所は熊出没の危険で禁止)を散策しました。
十勝では日高ケンタキーファームで乗馬体験もしました・・・最初、緊張していた孫達も
終りの頃には笑顔で帰って来ました。
苫小牧では富良野のキャンプ場で知り合いになったお家を訪ねました・・・21日、22日は
2人の孫の誕生日だと覚えて下さって、ケーキを用意してお誕生会を開いて下さったのです。
最後に素敵な体験をする事が出来て感激しました・・・今も年賀状だけですが、お付き合いを
させて頂いています。
苫小牧を21日,23時50分の新日本海フェリーに乗船して23日の早朝、桑名に帰って来ました。
ボス一人の運転です・・・お疲れさまでした
キャンプ場でテント張ったり、飯ごう炊飯も殆どボスがやってくれました。
孫達も、学校の宿題を毎日欠かさずやったり、食事作りのお手伝いもしてくれました。
体力と時間と、経費が相当かかりましたが、孫達の心の何処かにこの体験が残ってくれれば、
私達にとって幸せな事です。
さて、私事ですが、
旅行の後半は出血していましたが、身体が疲れる事も無く、食欲が無くなる訳でもなく
普通に過ごせました...(実は春頃、尾瀬に行った時に疲れた時、少し出血していたのですが、
旅行に行きたかった事や、バイトが楽しかった事もあり放置していました...)
旅行から帰って直ぐに病院に行き、名古屋の病院を紹介されました...2006年9月15日です。
そのまま入院となり、9月25日にOpe。12月10日退院。翌年、直腸拡張術を2回施行しましたが、
痛みが変わりませんでした。
現在も排便時や排便後の激しい疼痛に悩まされています・・・今年の9月が来ると満9年です。
現在も月1回の通院と麻薬系の鎮痛剤を服用しています。
今まで夫婦や孫と国内ですが殆ど旅行していますので、思い残す事はありませんが、出来るなら
もう一度行って見たい所も残っています...ツァー旅行は絶対に無理ですネ。
ボスと近い所をボチボチ行って見たいと思っています。
今回は自分の記念の記録として残そうと書きました・・・長くなりましたが、さぁ〜と目を
通して下されば結構です。
長い時間を割いて下さってありがとうございました・・・
今日はこれで・・・じゃあ又ね